ワンダフルストーリーvol.9 「食事の喜び」

#ワンダフルストーリー

家事代行事例⑨

食事の喜び

結婚当初から主人は仕事が忙しくて、帰ってくるのはいつも終電でした。美味しいものをいっぱい作ってあげたいのに叶わない。手持無沙汰でやるせない気持ちでした。そんな時に、1枚の新聞の折り込みチラシを手にしたのです。そこには次のようなキャッチコピーがありました。

“お料理好きの人、おもてなし好きの人大歓迎!!”

お客様のご家庭に赴いて料理を作る家事代行の仕事でした。私に合っているかもしれないと、すぐに面接を受けにミニメイドサービスに行ったのです。ちょうどその前の週に、アシスタントをしていた料理研究家の先生の雑誌撮影でパスタを50種類作ったところでした。面接でその話をすると、それは頼もしいね、とすぐに採用されたのです。

病院から戻ってみると私がご自宅で調理していたので、少し戸惑われたようでした。

家庭料理を提供するキャストサービスのスタッフとして、伺ったのは木内様のお宅でした。私が管理栄養士でもあることから、治療食を作って欲しいとご依頼があったのです。当時80歳の木内様はずっと腎臓病で入院されていて、私が初めて伺った日が退院される日でした。ご家族からのご依頼でしたので、木内様は何も聞かされていなかったようで、病院から戻ってみると私がご自宅で調理していたので、少し戸惑われたようでした。

治療食の中でも腎臓病の食事療法は制限が多く、塩分やタンパク質、カリウムを減らさなければなりません。特に塩分は0.5g単位で計算します。それでもカロリーはしっかり取らなければならないので、治療食を作るにあたっては、腎臓病に関するありとあらゆる本を参考にしました。朝昼晩と3食の食事メニューを365日分作りました。私以外にも木内様のお宅に調理のスタッフとして2〜3名が通うようにローテーションを組み、交代でメニューに沿って調理しました。

「美味しそうね〜」と喜んでくださり、毎食の料理を写真に撮ってくださるようになったのです。

治療食は材料や調味料、料理方法に制限があるので、普通はどうしても味がないと言われたり、見た目も地味になりがちです。そこをどうにか美味しく召し上がっていただけるものにしたい。見た目も美味しそうにしたいと工夫しました。木内様のお宅にはきれいな器がたくさんありましたので、盛り付けにも気を配りました。すると、「美味しそうね〜」と木内様は喜んでくださり、毎食の料理を写真に撮ってくださるようになったのです。

治療食といっても特別なものではなく一般的な献立をお出ししていました。たとえばビーフシチューもタンパク質が少なめのお肉を選び、お野菜を増やして、栄養を計算しながら作ります。木内様は鶏肉がお好きではなかったので、それ以外の食材なら何でも使いました。また、カロリー自体は取らなくてはいけないので、たとえば春雨などもカロリーを増やすために揚げてパリパリにし、その上に野菜のあんかけをかけて一品にしました。お魚もてんぷらにして、薄味で食べるためにレモンを絞ったり、お塩の代わりにお酢を利かせたり、辛みを加えたりしました。

病院での検査数値が、「すごく良くなったわよ」と木内様からお聞きすると、私も嬉しくなりました。いつも優しく接していただき、ほんとうにかわいがってくださいました。気晴らしにと言って、千鳥ヶ淵を良くお散歩もしました。

ばあばが梅野さんのことをいつもすごく楽しそうに話していたわ。
「今頃どうしているかしらね?」って。

木内様のお宅には2年ほど通いましたが、私が妊娠したことをきっかけに、お休みさせていただくことになりました。その後は、私の作ったメニューをベースに他のスタッフが調理することになりました。一度ご挨拶に伺ったときには、「梅野ちゃん久しぶり、元気だった?」と聞かれ、「赤ちゃん生まれたら見せに来てね」とお約束しました。娘が生まれてから、そして、まだ小さいときにもう一度伺い、「梅野さんの献立が懐かしいわ」とおっしゃってくださったことを覚えています。

しばらくして、ご不幸があったと連絡があり、お葬式にも行かせていただきました。その席で、木内様のお孫さんが私のそばに来ておっしゃったのです。
「ばあばが梅野さんのことをいつもすごく楽しそうに話していたわ。『今頃どうしているかしらね?』って」。

私と同世代のこのお孫さんは、よく木内様のお宅に遊びにいらしていました。結婚されてから、栄養学を学ぶために大学に編入されたと聞きました。おばあ様のように特別な料理を取られる方にとっては、口に入るものがそのまま体調を左右すると知って栄養学に興味をもたれたようです。

木内様にお出ししていた治療食は、制限のある中で献立に変化をつけて、しかも美味しく、見栄え良く作りたくて、夜遅くまでメニュー作りに頭を悩ましたこともありました。それでも写真にまで撮って喜んでくださる木内様のお気持ちが嬉しくて、頑張ってやってこられたのだと思います。そして、嬉しそうに食事をされていた木内様のお姿から、「食事の喜び」がお孫さんにも伝わったのでしょう。

そのようにして「食事の喜び」は世代を超えて綿々と受け継がれていくのだとしたら・・・、
私のしている料理の仕事はほんとうに素敵な仕事と思えるのです。

キャストサービス 梅野 知代

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