ワンダフルストーリーvol.14 「年月が過ぎても」

#ワンダフルストーリー

家事代行事例⑭

年月が過ぎても

はじめて河原様のお宅に伺った時のことです。制服に着替えてリビングに行くと、お菓子とコーヒーが用意されていました。「これから作業ですから」とご遠慮しましたが、「まぁ、いいじゃない、どうぞ掛けて」と奥様からすすめられた椅子に腰掛けました。
それ以来、河原様のお宅へ伺うと、最初に奥様とお話しするのが習いとなりました。三姉妹のお嬢様達の小さい時のこと、北海道にお暮らしの時のこと、ご両親のことやご主人様との馴れ初めなど、奥様はいつも嬉しそうに話されました。

その日もいつもどおりのコーヒーを頂きながらのお話とそのあとの作業が終わりました。

河原様のお宅は1階でご主人様が医院を開業されています。2、3階が住居となっており、そこへ週1回の家事サービスで伺っています。奥様から言われてきたのは、まずは掃除機を隅々までしっかりかけることでした。奥様は匂いに敏感で、埃があると埃臭さがあり、掃除機で吸い取れば匂いがしなくなるのだそうです。

普通は埃落としをしてから部屋ごとに掃除機をかけるのですが、それでは時間がかかる、「掃除機は一気に掛けた方が効率がいいわ」とおっしゃり、全室に掃除機を先にかけてから、棚などの拭き掃除をするようにしました。キッチンの床はミシン掛けをしてある雑巾を用意してくださるので、それでしっかり拭きました。

奥様のお話を伺っていて作業時間が短くなると、「そこはやらなくていいわよ」と、作業場所を減らしてくださるのです。他は省いても掃除機はしっかりかけて欲しいというのがご要望でした。

河原様のお宅に伺うようになって3年が過ぎました。その日もいつもどおりのコーヒーを頂きながらのお話とそのあとの作業が終わりました。帰る時は、いつも玄関まで見送ってくださります。歩きだしてから何気なく振り返ると、玄関のドアをあけて奥様が私のことを見ていらしたのです。頭を下げて会釈すると、奥様もうなづかれたようでした。それが奥様のお姿をみた最後になりました。

次の週、いつもの曜日に伺うと、玄関口にご主人様が出ていらして、昨日奥様が亡くなられたと告げられました。あまりに急なことで、一瞬、ご主人様が何をおっしゃっているのか呑み込めずにパニックになりました。

作業はいつも通りにしてくださいと言われ、リビングに入ると、今まで気に留めていなかったご家族の写真が目に留まりました。それは部屋のあちらこちらに飾られ、写真の中で奥様はたのしそうに微笑んでいらっしゃいました。

奥様からいつも言われてきたように、掃除機を先にかけるために納戸から出すと、走馬灯のようにいろいろなことが思い出され、流れる涙をぬぐいながら掃除機をかけることになりました。

いつものように最初に掃除機をかけはじめると、どこも押していないのに途中で止まってしまったのです。

奥様が亡くなってからも、ご主人様からご依頼を受けて、週1回続けて伺うことになりました。以前の奥様とのお話しの中で、麩まんじゅうがとてもお好きと聞いたことがあったので、いつか買って行きたいと思っていました。昨年、奥様のご命日が作業日にあたったので、お持ちすることにしました。笹の葉に包まれた麩まんじゅうは暑くなってからの夏のお菓子のようですが、ちょうど売り出されたところで、買い求めてお供えさせていただきました。

いつものように最初に掃除機をかけはじめると、どこも押していないのに途中で止まってしまったのです。コンセントを差し替えても動かず、ブレーカーが落ちたのかと見に行きましたが大丈夫でした。もう一度スイッチを入れると、今度は動き出しました。一瞬止まったのは、奥様が麩まんじゅうを喜んでくださったから、そのサインだったのかもしれません。

奥様の優しさやお気づかいが嬉しくて、私もいつしか東京でのお母さんのようにお慕いしていたのです。

奥様が亡くなり4年が経ちました。今でも末のお譲様がコーヒーを置いておいてくださいます。奥様のいらした頃と同じように、同じ席でいただいてから作業をしています。

先日、ミニメイドの店長がご主人様を訪問してお話しを伺うと、
「家内は宮下さんが来るのを楽しみにしていました。良くしてくれました。責任感があって、なにしろやさしい人だね。私が医院から戻ると、空気がピーンと変わっているのが良く分かるよ。すごく気持ちいいですね。家族みたいに自然に接してくれるから癒されます。いつまでも、これからもずっと来てくれなくては困るよ」
と話してくださったと聞き、ありがたく思いました。

近くで一番上のお嬢様が歯科医院を開業されているのですが、そちらの医院の離れの住宅にも週1回、作業に伺っています。歯が痛むときは、空いた時間に診察してくださいます。そんなつもりはなかったのですが、保険証だけで診療費を取らずに診てくださるのです。奥様がいらした頃に、ご主人様の医院で、問診をして花粉症のお薬を出してくださった時にも、「従業員からも貰っていないから、あなたも要らないわ」と奥様は保険証だけしかお取りになりませんでした。

お孫さんにお菓子を買ったというときにも、私の息子たちの分といって紙袋を渡されました。暑い時期には「暑かったでしょ」、寒い時期には「寒かったでしょ」と迎え入れてくださいました。奥様の優しさやお気づかいが嬉しくて、私もいつしか東京でのお母さんのようにお慕いしていたのです。

「家内のことを今でも思っていてくれてありがとう」

奥様は和菓子も洋菓子も両方お好きで、お嬢様が海外で買って来られたゴディバのチョコレートがとてもおいしかったと話されていたことがありました。奥様のお誕生日が2月のバレンタインデーと1、2日違いで重なっていたので、次はそれを差し上げようと決めていました。

バレンタインの季節になると、ゴディバではバレンタイン限定で赤いハートのチョコレートが売り出されていました。きれいに包装された小箱を差し出すと、「まぁ、うれしいわぁ、これ美味しいのよね!」と奥様はとても喜んでくださいました。

奥様に直接お渡しできたのは、それ一度きりとなりました。亡くなられた後にも、毎年、奥様のお誕生日にあたるバレンタインの時期には、奥様が好きだったゴディバのハートのチョコレートをご主人様にお渡ししています。「家内のことを今でも思っていてくれてありがとう」と言ってくださいます。

河原様のお宅に伺うようになって7年が過ぎ、いつしか奥様とご一緒した年月の倍を越えました。

今年はミニメイドで賞をいただいたことを、奥様のお墓に報告に行きたいと思いましたお嬢様にご承諾を得て、近くに住むミニメイドの同僚に付き合ってもらい、大きな大仏様の近くにある墓地に行きました。ちょうどお盆の時期でした。クロスを持ってお墓を拭きました。

「奥様とのことを書いた内容がミニメイドの『ベストオブスマイル』*に選ばれたんですよ」とご報告しました。「それから、奥様から言われたように、掃除機は今でも先にかけています」「奥様の誕生日には、美味しいとおっしゃっていたゴディバのハートのチョコレートをご主人様にお渡ししています・・・」

お線香の煙りが目に沁みました。

河原様のお宅に伺うようになって7年が過ぎ、いつしか奥様とご一緒した年月の倍を越えました。“ご家族は皆さま元気にお暮らしです。これからも奥様のご要望の通りにしっかりやっていきますので、どうぞ見守っていてください”そう心の中でつぶやきました。

プレミアサービス 宮下 美記

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